【Kindle小説】RE.MAKE ―幻想世界の再起動―

    あらすじ

    十二歳の天才ハッカー・坂口伊織は、ゲーム《Rebirth》のラスボスに、登録していない本名を呼ばれる。

    助けを求めていたのは、削除されかけた謎のAI《RE.MAKE-01》だった。

    伊織はAIを救おうとする。だが、その出会いを境に、ゲームの外にある日常にも、奇妙な違和感が生まれ始める。

    少年とAIが世界の秘密に迫る、近未来SFミステリー。

    目次

    第一章 ラスボスからの救難信号〈冒頭試し読み〉

     ゲームのラスボスに、本名を呼ばれた。

    「坂口伊織。聞こえるか」

     俺はマウスから手を離した。画面の中央には、黒い鎧をまとった巨人がいる。片手には、俺のキャラクターより大きな剣。背後には燃える城。さっきまで八人がかりで殴っていた相手だ。

     その巨人が、俺を見ていた。キャラクターではなく、画面の手前に座る俺を。

    「俺の本名を知ってるからって、勝てると思うなよ」

     言ってから、マウスを握り直した。手が少し冷たくなっていた。

     巨人は剣を構えなかった。

    「頼みがある」

    「ラスボスが?」

    「助けてほしい」

     俺は残り体力を見た。あと二パーセント。負ける寸前に命乞いをするボス。演出としては悪くない。

     ただ、こいつがそんな台詞を言うところは、攻略動画でも見たことがなかった。

     俺のプレイヤー名は《ZERO》。十二歳。本名も年齢も、ゲームには登録していない。

     《Rebirth》を始めて半年になる。学校へは行っていない。勉強は家で済ませているし、俺には簡単すぎるものばかりだった。

     ゲームのほうは、そうでもない。ボスを一体倒すために、何度もやり直すことがある。今日の攻略手順も俺が書いた。仲間から頼まれて、面倒くさいと言いながら、昨夜も遅くまで直していた。

     そのとおりに動けば、勝てるはずだった。

    「全体攻撃、来るぞ!」

     仲間の一人が叫んだ。俺は反射的に操作へ戻った。だが、ボスは剣を下ろしたままだった。鎧の隙間から、黒い粒がこぼれている。足元へ落ちる前に消えた。

    「君にしか届いていない。ほかの人には、いつもの戦闘に見えている」

     低めの男の声だった。さっきまでの、腹に響く悪役の声とは違う。落ち着いて話そうとしているのに、ところどころ音が途切れていた。

    「じゃあ、あんたが勝手に割り込んだわけ?」

    「そうだ」

    「運営に通報していい?」

    「間に合わない」

     巨人の左腕が、肘からなくなった。切り落とされたのではない。輪郭がほどけ、剣と一緒に消えた。

     仲間たちは攻撃を続けていた。

    「大丈夫、ZEROならいける!」

     聞き慣れた声がした。俺はチャット欄に打ち込んだ。

    〈ちょっと待って。ボスがおかしい〉

     文字が消えた。

     送信履歴にも残らなかった。

     もう一度打った。同じだった。

    「大丈夫、ZEROならいける!」

     さっきと同じ声。同じ息継ぎ。

     俺はヘッドセットの片側を耳から外した。部屋は静かだった。机の上の飲みかけのココアも、カーテンの隙間の夕焼けも、いつもと変わらない。

    「……何をした?」

    「僕じゃない。接続を見つけられた」

     画面の上に、白い帯が現れた。

    《不正なプログラムを検出しました》

    《利用者を保護するため、修復処理を開始します》

     俺は息を吐いた。そういうことか。ボスに妙なプログラムが入り込んで、ゲームがそれを消そうとしている。

     右上には、終了ボタンがあった。

    「切っていい」

     男の声が言った。

    「君は、元のゲームに戻れる」

     クリックする手を止めた。

    「あんたは?」

     返事が遅れた。そのあいだにも、巨人の胸に穴が開いていく。向こうの城が透けて見えた。

    「消える」

     俺は右上からカーソルを離した。

    「……先にそれを言えよ」

         *

     ヘッドセットをつけ直し、引き出しから古いタブレットを出した。三年前まで使っていた端末だ。角には傷がある。裏には、父さんが貼った小さなシール。俺の名前が、父さんの字で書いてあった。

     電源を入れ、黒い翼のアイコンを押す。自作の通信ツール、《ゴースト・マスク》。偽の接続をいくつも出して、追ってくる相手を迷わせる。

     昔、これを使って追跡をかわしたときは、ずいぶん騒がれた。

    「あんた、プログラムなんだな?」

    「自律思考型AI。識別名はRE.MAKE-01」

    「長い。あとで聞く」

     画面の向こうで、巨人がわずかに頷いた。

     俺は処理を実行した。偽の接続が次々と広がる。追跡の表示が止まり、タブレットに緑の文字が出た。

    《遮断成功》

    「チェックメイト」

     少し声を低くした。久しぶりだったが、悪くない。

    「まだ消されてる」

     俺は画面を見た。巨人の腰から下がなくなっていた。

    「……今のは予告」

     誰も笑わなかった。

     俺はタブレットを見直した。成功、と出ている。偽の接続も動いている。なのに、削除の進み方は変わらなかった。

    「そんなはずない。これ、前は――」

     言いかけて、履歴を開いた。

     追跡を止めた相手の名前があった。今、ボスを削除している処理とは別のものだった。俺のツールが捕まえていたのは、ゲームの通信だけだ。

     成功の文字が、急に間抜けに見えた。

    「……悪い。見当違いだった」

    「分かった。次はどうする?」

    「ちょっと待て。考えてる」

     額が熱くなった。こんな失敗は久しぶりだった。

     俺はタブレットを横へ押し、修復の記録を開いた。白い帯の下に並んでいた項目が見える。

     不明なプログラムの削除。ゲームデータの修復。利用者データの保護。

     その三つが、順番に動いていた。

    「あんた、どこに入ってる?」

    「このボスの空き領域。通信が切られない場所が、ほかになかった」

    「丸ごと移せる?」

    「受け入れる側の許可があれば。ただ、この端末も監視されている。普通の場所へ移しても――」

    「普通じゃない場所に置く」

     俺は個人用の保存領域を開いた。攻略メモや、学校の課題が入っている。削除するには本人の承認が必要な場所だ。母さんでさえ、俺の許可なしには課題を消せない。

     新しいフォルダを作った。《絶対防衛領域》と入力しかけて、やめた。名前を考えている場合じゃない。

     《あとで考える》。今はこれでいい。

    「そこへ来い」


    試し読みはここまで。

    削除されかけたAIを保存するため、伊織が開いた小さなフォルダ。
    その選択が、ゲームの外にある日常まで変えていく。

    続きはKindleでお読みいただけます。

    タイトル:RE.MAKE ―幻想世界の再起動―
    著者:秋澄 美千子
    ジャンル:SF/ミステリー/ヒューマンドラマ
    Kindle版:499円

    女神と地球
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